状態ベクトル
状態ベクトルとは、物理量の量子状態(量子数など)をベクトル表記したものです。一般には、量子状態 $a$ の状態ベクトルは、ディラックにより導入されたケットベクトル $\ket{a}$ により表されます。
状態ベクトル(ケットベクトル)は以下の特徴を持ちます。
- 状態は座標などの表示の取り方によらない
- 重ね合わせの原理のより、複素数を掛けて和が取れる
- 抽象複素ベクトル空間(ヒルベルト空間)をつくる
ブラとケット
ブラベクトルとは、ケットベクトルのヒルベルト空間に双対な空間をつくるベクトルで、$\bra{a}$ で表されます。任意の量子状態は、ケットベクトルとブラベクトルのどちらでも記述することができます。
$$\bra{a}=\ket{a}^\dagger$$
ブラベクトルは、ケットベクトルとの和を取ることはできません。ブラベクトルとケットベクトルのスカラー積は複素数になります。
$$\braket{b|a}=\braket{a|b}^*$$
状態ベクトルの規格化条件と座標表示での完全性の条件は以下になります。
$$\braket{a|a}=1$$$$\int dx\ket{x}\bra{x}=1$$
波動関数
波動関数とは、シュレディンガー方程式の解です。量子状態 $a$ の波動関数を、座標 $x$ の関数(座標表示)として表した場合、ケットベクトルとブラベクトルにより以下のように定義されます。
$$\psi_a(x)\equiv\braket{x|a} -①$$
座標表示の波動関数は、座標 $x$(座標の添え字)の全ての値に対応する状態ベクトル $\bra{x}$ と、状態ベクトル $\ket{a}$ のスカラー積と考える事ができます。波動関数の規格化条件は以下のように表されます。
$$\int dx\psi_a^*(x)\psi_a(x)=\int dx\braket{a|x}\braket{x|a}=1 -②$$$$\psi_a^*(x)=\braket{x|a}^*=\braket{a|x}$$
演算子
演算子は、ケットベクトルをブラベクトルの左から掛けた積 $\ket{b}\bra{a}$ で表されます。状態ベクトル $\ket{a}$ は、演算子 $\hat{F}$ の固有ベクトル $\ket{F}$ により以下のように展開されます。
$$\ket{a}=\sum_F\ket{F}\times\braket{F|a}$$
この展開係数 $\braket{F|a}$ は、$F$ 表示での状態 $\ket{a}$ の波動関数です。また、演算子は、ケットベクトルに対し左から作用し、ブラベクトルに対し右から作用します。
$$\ket{b}=\hat{F}\ket{a}$$$$\bra{b}=\bra{a}\hat{F}$$
演算子は、座標表示のは関数に作用して別の関数に変換します。
$$\psi_b(x)=\hat{F}\psi_a(x)$$$$\braket{x|b}=\hat{F}\braket{x|a} -③$$
とくに、エルミート演算子は以下のような特徴を持ちます。
$$\hat{F}=\hat{F}^\dagger$$$$\bra{b}=\Big(\hat{F}\ket{a}\Big)^\dagger=\bra{a}\hat{F}^\dagger=\bra{a}\hat{F}$$
表示の方法
状態ベクトルは、座標表示のほか、運動量表示($p$ 表示)やエネルギー表示($E$ 表示)でも表現することができます。
運動量表示
連続的な固有値を持つ運動量演算子の固有関数を基底関数とする場合、座標表示で以下のように表されます。
$$\psi_p(x)\equiv\braket{x|p}$$$$\psi_p^*(x)\equiv\braket{p|x}$$$$\braket{x|p}=\braket{p|x}^\dagger$$
このとき以下の関係式が成り立ちます。
- 固有関数の直交性
$$\int dx\psi_{p’}^*(x)\psi_p(x)=\int dx\braket{p’|x}\braket{x|p}=\braket{p’|p}=\delta(p’-p) -④$$ - 完全性の条件
$$\int dp\ket{p}\bra{p}=1$$
- 座標表示から運動量表示への変換
状態 $a$ の座標表示 $\psi_a(x)=\braket{x|a}$(①)から運動量表示への変換は、運動量演算子の座標表示での固有関数 $\braket{x|p}$ によって行われます。
$$\psi_a(x)=\int dp\psi_p(x)\psi_a(p)$$$$\braket{x|a}=\int dp\braket{x|p}\braket{p|a} -⑤$$$$\braket{x|a}^*=\braket{a|x}=\int dp\braket{a|p}\braket{p|x} -⑥$$ - 規格化条件
⑤⑥を②に代入すると、運動量表示の規格化条件が得られます。
$$\int dp\braket{a|p}\braket{p|a}=\int dp|\psi_a(p)|^2=1$$ - 運動量表示から座標表示への逆変換
$$\psi_a(p)=\int dx\psi_p^*(x)\psi_a(x)$$$$\braket{p|a}=\int dx\braket{p|x}\braket{x|a}$$ - 運動表示での演算子
座標表示の③に⑤を代入し、左から $\braket{p’|x}$ を掛けて規格化条件④を使うと、
$$\braket{p’|b}=\sum_n\braket{p’|\hat{F}|p}\braket{p|a}$$
ここで以下の関係があります。
$$\braket{p’|\hat{F}|p}\equiv\int dx\braket{p’|x}\hat{F}\braket{x|p}\equiv\int dx\psi_{p’}^*(x)\hat{F}\psi_p(x)\equiv F_{mn}$$ - 固有関数と固有値
運動量演算子は、運動量表示では連続対角行列で表すことができます。ここで、関数 $\braket{x|p}$ は運動量演算子の固有関数です。
$$\braket{p’|\hat{p}|p}=p\delta(p’-p)$$$$\hat{p}\braket{x|p}=p\braket{x|p}$$
演算子がエルミート演算子である場合は以下の関係が成り立ちます。
$$F_{mn}=F_{nm}^*$$
エネルギー表示
離散的な固有値を持つエネルギー演算子(ハミルトニアン)の固有関数を基底関数とする場合、座標表示で以下のように表されます。
$$\psi_{E_n}(x)\equiv\braket{x|E_n}$$$$\psi_{E_n}^*(x)\equiv\braket{E_n|x}$$$$\braket{x|E_n}=\braket{E_n|x}^\dagger$$
このとき以下の関係式が成り立ちます。
- 固有関数の直交性
$$\int dx\psi_{E_m}^*(x)\psi_{E_n}(x)=\int dx\braket{E_m|x}\braket{x|E_n}=\braket{E_m|E_n}=\delta_{mn} -⑦$$ - 完全性の条件
$$\sum_n\ket{E_n}\bra{E_n}=1$$ - 座標表示からエネルギー表示への変換
状態 $a$ の座標表示 $\psi_a(x)=\braket{x|a}$(①)からエネルギー表示への変換は、エネルギー演算子の座標表示での固有関数 $\braket{x|E_n}$ によって行われます。
$$\psi_a(x)=\sum_n\psi_{E_n}(x)\psi_a(E_n)$$$$\braket{x|a}=\sum_n\braket{x|E_n}\braket{E_n|a} -⑧$$$$\braket{x|a}^*=\braket{a|x}=\sum_m\braket{a|E_m}\braket{E_m|x} -⑨$$ - 規格化条件
⑧⑨を②に代入すると、エネルギー表示の規格化条件が得られます。
$$\sum_n\braket{a|E_n}\braket{E_n|a}=\sum_n|\psi_a(E_n)|^2=1$$ - エネルギー表示から座標表示への逆変換
$$\psi_a(E_n)=\int dx\psi_{E_n}^*(x)\psi_a(x)$$$$\braket{E_n|a}=\int dx\braket{E_n|x}\braket{x|a}$$ - エネルギー表示での演算子
座標表示の③に⑧を代入し、左から $\braket{E_m|x}$ を掛けて規格化条件⑦を使うと、
$$\braket{E_m|b}=\sum_n\braket{E_m|\hat{F}|E_n}\braket{E_n|a}$$
ここで以下の関係があります。
$$\braket{E_m|\hat{F}|E_n}\equiv\int dx\braket{E_m|x}\hat{F}\braket{x|E_n}\equiv\int dx\psi_{E_m}^*(x)\hat{F}\psi_{E_n}(x)\equiv F_{mn}$$ - 固有関数と固有値
演算子がハミルトニアン $\hat{H}$ である場合、エネルギー表示では対角行列で表すことができます。ここで、関数 $\braket{x|E_n}$ はハミルトニアンの固有関数です。
$$\braket{E_m|\hat{H}|E_n}=E_n\delta_{mn}$$$$\hat{H}\braket{x|E_n}=E_n\braket{x|E_n}$$