ミクロカノニカル分布(小正準分布)とは、ミクロカノニカル集団が従う確率分布です。ミクロカノニカル集団とは、孤立系(断熱系)に対応し、その系ではエネルギーと分子数が一定に保たれます。
物理量の計算
古典力学では、N個の分子から構成される系の状態(${\bf q}_1,{\bf p}_1,{\bf q}_2,{\bf p}_2,$・・・$,{\bf q}_N,{\bf p}_N$)は、ハミルトン方程式を解くことで求められますが、分子数が多く($N\cong10^{23}$)なると計算することは不可能になり、仮に計算できたとして情報量が多すぎて役に立ちません。
そのため、系の状態を巨視的な最小限の物理量で記述するための考え方として、時間平均と集団平均があります。
時間平均
時間平均では、十分な時間が経てば物理量 $A$ はある一定値(熱平衡状態)に近づくとする仮定に基づき、物理量 $A$ の長時間平均を取ります。
$$\bar{A}=\lim_{T\to\infty}\frac{1}{T}\int_0^TA({\bf q}_1,{\bf p}_1,{\bf q}_2,{\bf p}_2,・・・)dt$$
しかし、現実的には長時間平均は難しいので、ミクロカノニカル分布では次の集団平均(アンサンブル平均)の考え方をとります。
集団平均
集団平均では、巨視的には同じですが、微視的に異なるエネルギー一定の多数の系(位相空間:$\Gamma$)を考えてそれの平均を取ります。ここで $P$ は分布関数です。
$$\bar{A}=\int A(\Gamma)P(\Gamma)d\Gamma$$
位相空間とは、$N$ 個の分子から構成される系の各分子が取りうる位置と運動量(${\bf q}_i,{\bf p}_i$)の集合で、$6N$ 次元の空間です。つまり、位相空間の1点は、$N$ 個の分子の系の1つの状態を表します。位相空間の体積は以下で求められます。
$$\Gamma=\int d\Gamma=\prod_{n=1}^N\int dq_{nx}\int dq_{ny}\int dq_{nz}\int dp_{nx}\int dp_{ny}\int dp_{nz}$$
尚、不確定性原理の要請より、系のエネルギーは決して0になりません。エネルギーが最小の状態は、全ての変数が $p_n\cdot q_n\sim h$ となる場合です。このため、位相空間の最小の体積は以下になります。
$$\int d\Gamma\ge h^{3N}$$
エルゴード仮説
エルゴード仮説とは、ミクロカノニカル分布が成り立つための前提条件とされています。
- 時間平均が集団平均に等しい
- 位相空間の各点が実現する確率は等しい(等重率の仮定)
等重率の仮定とは、
「$\Gamma(t)$ の軌道が位相空間 $E\sim E+\Delta E$ の領域の全ての点を塗りつぶす」
ということですが、有限時間では難しいため、
「$\Gamma(t)$ の軌道は任意の点の近傍を通ることができる」
とする準エルゴード仮説という考え方もあります。
分布関数とエントロピー
分布関数 $P$ について説明します。尚、ミクロカノニカルではエネルギーは一定ですが、不確定性原理の要請でゆらぎ $\Delta E$ を持つと仮定します。
古典論
古典論では、等重率の仮定の仮定より、1点の起こる確率は体積の逆数となります。
$$P(\Gamma)=\frac{1}{\Gamma(E,\Delta E)}$$
エントロピーは以下で計算されます。
$$S=k\ln{\Gamma(E,\Delta E)}$$
量子論
量子論では、1つ1つの状態は不連続であるため微視的状態数 $W$ を使います。1つの状態が実現する確率は、微視的状態数に反比例すると考えます。
$$P(W)=\frac{1}{W(E,\Delta E)}$$
エントロピーは以下で計算されます。これは、系の微視的な状態数から巨視的な熱力学変数を求める関係式で、ボルツマンの公式と呼ばれています。
$$S=k\ln{W(E,\Delta E)}$$